踏み外した先の真実


登場人物
生徒会長 眞島広也
生徒会顧問 入宮 義紀
アンチ王道編入生 空気 大助



いったい、いつ、どこで、俺は間違えたのだろうか。
正面から突き刺さる冷ややかな眼差しに、つきりと痛んだ胸の痛みを無視して抑揚のない声で答えた。

「何の用だ、入宮」

入宮 義紀。生徒会顧問であり、この学園のOBでもある。学生時代はこの学園の生徒会長を務めており、その実績は未だ語り継がれるほどでもある。歴代トップの生徒会長としてその名前は記録にも残されていた。
現生徒会長である眞島 広也の問いかけに、入宮は侮蔑の入り混じった視線で返す。

「何の用か言わなきゃ分からねぇほど落ちぶれたのかお前は」

「っ、」

向けられた視線と同じぐらい冷たく突き放された言葉に、一瞬息が詰まり、無意識に唇を噛む。それでも持ち前のちっぽけなプライドが口を噤む事を拒否して勝手に口から言葉を落としていた。

「あぁ…、何でも出来るアンタには到底理解出来ねぇだろうがな」

「そうだな。俺には役目を放棄して逃げ出したお前の気持ちなんぞこれっぽっちも分からねぇ。しかも、非常識極まりねぇ騒がしいだけの餓鬼の、あんな野郎の何処が良いんだか。理解に苦しむ」

「っ、アイツの事を悪く言うな!アイツは…大助は…!」

更に厳しくなった入宮の視線に気づかず、俺は時季外れにこの学園に編入して来た一年、空気 大助からかけられた言葉の数々を脳裏に思い出していた。

『なんかって、言うなよ!自分のこと!広也がこれまで頑張って来たんだってこと、俺が知ってるからさ!』

その出会いは偶然だった。編入生の迎えと案内に生徒会から副会長を付け、編入生との接触はそれきりで終わったはずだった。何せこの学園では生徒会に限らず、何らかの役職持ちというのはそれだけで特別視される存在なのだ。もっと言えば良くも悪くも注目される。
特に今は歴代トップの成績を誇り伝説とまで言われ語り継がれる元生徒会長、入宮が生徒会顧問として在籍している。嫌でも今期の生徒会及び生徒会長には注目と重圧が押しかかっていた。

だが、そんな中で今期の生徒会長に選出された眞島 広也はその重圧を撥ね退ける様に生徒会長として淡々と職務をこなしてきた。何より広也は伝説の生徒会長である生徒会顧問入宮に幼い頃から密かに憧れを抱いていて、彼の後を追う様に同じ学園へ入学したのだ。もちろん自分が彼に憧れを抱いているなど、学園の誰もが入宮と広也が実は幼馴染であることを知らぬのと同じ様に、広也は一度も口にしたことは無かった。

しかし、入学式、交流会、定期試験、体育祭と何の問題も無く順調に学園生活が回っていると思われた頃、流石に学生で体力もあり若いと言われても生徒会役員達の間には疲れの色が出始めていた。

『何だって、この学園は行事ごとが多いんですかね』

『本当だよ…』

『俺、この間の定期テストちょっとやばかったわ』

生徒会室で各々の席に座り、愚痴を零す副会長や会計に書記達を眺め、広也は生徒会長席に積まれた書類を手に取る。確かに行事の多さに広也も少し疲れが溜まってきていたが、溜め息を一つ落とす事で自分を誤魔化して、文句を垂れる三人に向かって言葉を投げた。

『文句を言う暇があったら手を動かせ』

『はーい』

最終的に全ての書類を取り纏めた頃には、陽が落ちてしまっていた。

一足先に生徒会役員共を返していた広也は纏め終わった書類を手に生徒会室を後にし、その足で生徒会顧問がいるであろう教員室に立ち寄り、書類を提出して帰ろうと考えていた。

あの言葉を聞くまでは。

【――生徒会長の眞島。アレは早い内に交代させるべきだ】

気が付いた時には、広也は自分は寮の自室の玄関で書類を片手に立ち尽くしていた。

『はっ…はっ…は、…ッ』

呼吸が乱れているのはここまで走って帰って来たからだろうか。

『ーっ、…ははっ、…馬鹿みてぇだっ』

手から書類の束が滑り落ちる。ばさばさと床に散らばった紙が滲んだ瞳に映り、脳裏には教員室の前で聞いた声が再生された。

『…で、…ですよね。…それで、入宮先生から見た今期の生徒会振りはどうです?』

『えー、それ聞くんですか。入宮先生の時と比べちゃ可哀想でしょう』

『――まぁ、俺が一つ上げるとするなら生徒会長の眞島。アレは早い内に交代させるべきだ』

『えっ?眞島くんを?彼は良くやってる方だと僕は思いますけどねぇ』

『でも、入宮先生がそう仰るなら…』

扉をノックしようとした手はその声に硬直した様に動きを止めていた。

幼馴染である自分が聞き間違うはずの無い、それは入宮本人の声であった。

入宮が学園に入学してから僅かに疎遠になった時期があったとはいえ、誰より近くで入宮を見て成長してきた広也は、自分が彼より劣っている自覚は他人に指摘されずとも、常に心の奥底で思っていたことだ。
だがまさか、その入宮本人の口から自分を否定する評価を聞くことになるとは思いもしなかった。

『本当っ、馬鹿みてぇだ、俺…』

入宮は生徒会顧問として籍を置いているが、これまでだって生徒会業務に口を挟むような真似はしなかった。だから、自分は彼に認められているのだと勝手に勘違いをしていた。その本音が広也に見切りをつけていただけだったなんて。

広也は玄関に散らばった書類を片付けるのも億劫で、そのまま放置して寝室へと姿を消す。

翌日、姿の見えない生徒会長を心配して彼の部屋を訪ねた親衛隊隊長はその日、彼の部屋から出て来ることは無かった。

 



酷く沈んだ気持ちを晴らす様に己を心配して訪ねて来た親衛隊隊長を手酷く抱いた広也は、それでも文句一つ零さず応えてくれた親衛隊隊長の涙の残る頬に指先を滑らせ優しく拭うと、今日は休めと短く告げて、自身は身形を整えて自室を後にした。
また、玄関に散らばっていた書類はいつの間にか綺麗に纏め直されてテーブルの上に置かれていた。

二日ぶりに学園に登校した広也は入宮が教員室に居ない時間を選んで書類を机の上に置く。
その足で生徒会専用の休憩場所でもある、美しい花々が咲き誇る温室へと向かった。

果たしてそこに、編入生である空気 大助がいたのであった。

『ん?誰だお前?』

『お前こそ誰だ。ここは生徒会役員以外立入禁止だ。即刻出て行け』

そいつは最初、うるさく噛みついて来た。学園の規則がどうとか関係ないだの、こんなに綺麗な温室を独り占めするのか!だの、非常識極まりない言動を繰り返してきた。

『いいだろ、別に!減るもんじゃないし、ケチ!あ…、そうだ。まだ名前聞いてなかった!俺は…』

馬鹿みたいにベラベラと喋るそいつに、そのうち疲れもあいまって広也は怒鳴り返していた。

『いい加減、黙れ!うるせぇんだよ、てめぇは。俺はここに休みに来たんだ』

『あ、そうなのか?悪い。具合でも悪いのか?』

休みに来たと言えば、何を勘違いしてるのか、体調の話になる。その具合が悪いだったら温室なんかには来ず、保健室に行っている。

素直と言えば良いのか、馬鹿といえば良いのか、編入生は頓珍漢な会話を続けた。
だが逆に、これまで生徒会長という意識に縛られていた広也の心にはそれが新鮮で心地良く思えた。そのせいか、軽口の合間にぽろりと心の欠片が落ちてしまった。

『疲れたんだ』

『何が?疲れたなら休めば良いだろ?』

『お前のその能天気な頭が羨ましいぜ』

『んー、そうかな?だって、おかしいだろ?広也は皆の為に頑張ってるんだろ?ちょっとぐらい休んだっていいじゃんか!あ、文句をいう奴には俺が言ってやるよ!』

『…文句さえ言ってくれるかどうか。俺の事なんかハナから眼中にねぇだろ。駄目なんだ俺じゃ』

ふと入宮の言葉を思い出して呟く。その抜けない棘を覆い隠す様に上から大きな声が被せられる。

『なんかって、言うなよ自分のこと!広也がこれまで頑張って来たんだってこと、俺が知ってるからさ!広也は駄目なんかじゃない!』

『…っ』

『ほら、今はちょっと疲れてるだけで、少し休めば大丈夫だって!な?』

にぱっと何の根拠も無く、底抜けに明るい笑顔で言い切った大助の顔が何よりも眩しく広也の瞳には映った。

 



それからだ、広也が惹かれるように大助の側にいる様になり、大助の言葉を借りて生徒会長という職務を休むようになったのは。そして、悪い事にその影響は生徒会役員に伝播していった。会長が休むなら同じ役員である自分達にも休む権利があって然るべきと。
そして、そんな異常事態に一番に気が付いたのは生徒会長の親衛隊で隊長を務める生徒であった。彼は親衛隊の中で副隊長と共に二人だけ、生徒会長の部屋に立ち入ることを許されていた。

『広也様。あの日、僕は貴方に何があったのか分かりません。でも、貴方があの日から御自分を見失っているのは分かるんです。どうか、その心にまで蓋をしないで下さい。僕達は何をされても、何があっても、貴方の為に居るんですから』

『どうか、隊長の言葉を聞いて下さい!私達は貴方の行動を束縛する気もありません。ですが、このままでは貴方は悪い方向に進んでしまう!』

凛とした態度で冷静に話しかけてくる親衛隊隊長、既に泣きそうになりながら声を上げる親衛隊副隊長。部屋へと押しかけて来た二人を前に広也は一つの決意を固めた。

『…あぁ、自分のケリは自分でつける』

そうして久し振りに入室した生徒会室には役員の姿はおろか、誰一人として仕事に来た形跡は無かった。
広也は生徒会室の中をぐるりと眺めて、生徒会長の席へと座る。

いざ溜まりに溜まった書類を片付けようと手を伸ばして、思ったより少ない机上の書類に僅かばかり眉を顰めた。他の役員が代わりに処理をしたのかとも考えたが、決済に必要な生徒会長印が無ければ処理できない書類もある中で、それはないと断言できる。
それとも元から回された書類が少なかったのかも知れないと思い直して、広也は黙々と溜まった書類を処理し始めた。

その最中に、珍しく生徒会顧問である入宮が生徒会室へと姿を現したのだ。

編入生である大助を貶した入宮に、庇う発言を重ねれば、入宮はそれさえも遮って告げた。

「正直、お前にはがっかりしたぜ」

直に下される評価に胸が締め付けられるように痛み、このまま耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、ぐっと拳を握って耐える。色を失くした双眸で見返せば、入宮は引導を渡すように鋭い視線で返して来た。

「生徒会を止めろ、眞島」

結局これが入宮の本音なのだ。
つきり、つきりと細く痛む胸を誤魔化す様に俺は薄く口元に笑みを乗せて笑う。

「もとからそのつもりだ」

今日は残っていた仕事を全て片付けに来ただけだ。
それが終われば荷物も纏めて、この部屋から出て行く予定だったのだ。

「それを言いに来ただけなら、余計な手間をかけさせたな」

ふいと入宮から視線を切り、手元の書類に目を戻して一方的に話を終わらせる。

「…用は済んだろ。気が散るからさっさと出てけ」

話は終わったはずなのに、入宮はいつまで経っても動かない。机の前に立ったまま、立ち去る気配がない。
より一層強く感じる視線にペンを持つ指先が震えた。

何だというのだ。俺に見切りを付けたならさっさと立ち去れ。
そんな苛立ち混じりの焦燥に駆られていれば、入宮が再び口を開いた。それも最悪な言葉で。

「広也」

 「っ、」

たった三文字の音の連なりに肩が跳ねる。
何で今更、俺の名前を呼ぶ?
紙の上を滑っていたペンが乱れ、書面に落とした視線が上げられない。
ぐっと胸が詰まるような息苦しさを感じて、視線を上げぬまま一度瞼を閉じる。
その耳に入宮の言葉が流れ込む。

「何でこうなる前に俺の所に来ねぇんだ」

「は…っ、なに言って…」

その台詞に思わず目を見開き、顔を上げれば、双眸は鋭いままに入宮は俺を咎める様に見ていた。

「何の為に俺がいると思ってんだ」

続いた言葉に更に意味が分からなくなって、戸惑う。入宮はそんなことはお構い無しに話を続ける。

「チッ、こんなことならさっさと辞めさせときゃ良かったぜ」

「っ、そんなに…そんなに俺は…」

「何だ?この際、言いたいことがあるなら全部言え」

入宮の吐く大半の言葉の意味は理解できなかったが、入宮が俺の生徒会入り自体を歓迎していなかったのは分かった。
俺はそれほど入宮に嫌われていたのだろうか。俺なんかが、入宮と比べられるのが烏滸がましかったのだ。

「アンタは最初から俺じゃ力不足だって言いたかったのか。俺には分不相応だって。俺が…生徒会に入ったこと事態、気に入らなかったんだな」

「まぁ外れてはいねぇな」

「っ、」

覚悟をしていた事だが、すんなりと即答されて唇を噛む。

「俺はお前がいくら頑張ろうが、今のお前を認めることはねぇ」

「だからっ、俺はもう生徒会を辞めてやる!アンタの望み通りな!それで終わりだ!…もう良いだろ!」

じっと俺を見て離れない強い視線に、無理矢理言葉を差し込んで話を終わらせる。
これ以上、入宮の口から否定される様な言葉を聞きたくなかった。
そして、無性に今、あの何の混じり気もない大助の肯定の言葉が欲しかった。
俺は何も間違えていない、と。
しかし、それは許さないというように机を回って距離を詰めてきた入宮に、椅子から立ち上がって逃げようとした肩を掴まれる。

「逃げるな、広也」

「離せっ。話は終わりだ!出て行け!」

「いいから聞け!いくらお前が頑張ったってな、お前はお前以外にはなれねぇんだ。上手くやろうとするな。俺の真似をするな」

「なっー…」

「この際だから言うがな、お前が俺に憧れてくれてんのは分かってんだ。けどな、お前は俺じゃねぇ。お前は元からそれほど器用な方じゃねぇんだ。だから、いつか無理が来んのは分かってたし、生徒会の、しかも生徒会長になんかなるのは反対だったんだ」

「は……っ?何だよ、それ…。俺は、そんなこと、一言も聞いて…」

肩を掴まれたまま、間近で聞かされた言葉に目を見開く。口から零れた声が知らず震えた。

「言うわけねぇだろ、教師の俺が。生徒の選んだ道を私的な理由で妨げられるか」

吐き捨てる様に告げた入宮は苛立ち混じりに一つ息を吐くと、言葉を続けた。

「周りからの重圧も相当だったろうに、お前は俺の予想を越えて、生徒会長として自分の持ちうる能力以上に此処まで頑張っちまった。なのに当人であるお前は、自分の限界をとうに越えてる事にも気付かぬどころか、まだ上を見上げてやがる」

「そんなこと…、アンタは俺にがっかりしたんだろ。俺はアンタの期待に応える事が出来なかった」

「あぁ、そうだ。お前は生徒会顧問として側に居た俺を頼りもしねぇ。それどころか俺を避けたな?」

少しずつ絡まっていた糸が解れていく様にゆっくりと入宮の言葉が頭に入ってくる。

「でも…アンタは俺を早い内に交代させた方が良いって言ってただろ」

「あ?あぁ…お前、アレを聞いてたのか」

入宮はいつの会話の事か気付いたのだろう。僅かに視線を動かして言う。

「お前が俺の真似をして、このまま生徒会長を続ければ、お前が先に潰れるのは確実だった。だったらそうなる前に私的だ何だと言われようが交代させてやろうと思ってた」

「………なんだよ、それ。ふざけんなっ」

その一言に俺がどれだけショックを受けたと思っているのか。
人の気も知らず、じわりと入宮を睨み付けた筈の視界が歪む。

「それは俺の台詞だ。お前は俺を避けたどころか、妙な野郎に現を抜かしやがって」

滲んだ視界の先で射ぬく様な眼差しが注がれる。両頬を包むように入宮の手が頬に伸びてきて、僅かに濡れた目元を拭われた。

「泣くぐらいなら最初から俺の所に来い」

「っ、誰が…泣いてなんかねぇし。大助は良い奴で…っ!」

反発するように言い返せば、その続きを遮るように強引に口を塞がれる。いきなりの強行に目を見開き、咄嗟に頬を掴む入宮の手を外そうと掴み、顔を背けて僅かに離れた唇の隙間から声を上げた。

「ん…ぅ…!なに…す、いり…み…やっ!」

すると入宮は僅かに唇を離して、吐き捨てる様に低い声で告げた。

「天の邪鬼も大概にしろよ、広也。どうせお前には調子の良い事言って、他の役員どもにも愛想を振り撒いてる、あんな奴のどこが良いんだ」

「え…」

「なんだ、その顔は。知らなかったのか?お前以外の役員は授業もサボって奴にベッタリだぜ。それこそ醜い争いをしてやがる」

確かに俺は生徒会の業務を放り出していたが、生来の生真面目さのせいかそれでも授業には出ていた。大助の側にいたのは休み時間や放課後といった自分で自由に使える時間だけで、不思議な事にその間、入宮の言う他の役員に遭遇したことはない。

「どういうことだ…」

愕然とした様子で呟いた広也に、奴は馬鹿に見えて少しは頭の回る奴だと入宮は忌々しく思う。それに普段の広也であれば、こんな馬鹿な事態は起こさなかっただろう。要は弱っていた所で心の隙につけこまれたのだ。

「お前は学園の中でも群を抜いて容姿が良いからな。侍らせるには最高の逸材だ」

「なっ…に言って…」

至近距離で視線を絡めたまま唐突に落とされた台詞に、話が読めず、頬に自然と熱が集まる。

「言葉足らずで行き違って、また妙な奴に引っ掛けられても困るからな」

向けられた真摯な眼差しに、頬に添えられていた指先が湿った唇の上をなぞる。

「広也。お前は俺だけを見てろ。これ以上余所見すれば手加減してやれねぇぜ」

「なに…を…」

「それを聞くか?…いいぜ。全部言えって言ったのは俺だ。何でも答えてやる」

「………………俺はまだアンタの目に映ってるのか」

こんな醜態を晒した俺に、アンタはそれでも変わらず自分を追いかけろと言うのか。
僅かに揺らいだ瞳に入宮は広也の目蓋に唇を寄せて、子供に言い聞かせる様に言う。

「まだも何もお前が鼻水垂らしてた餓鬼の頃からずっと見てるんだぜ。今更お前がどんな姿晒してようが全部見てきた。だから、ーーお前ならやり直せる」

「い…りみや…」

失敗した俺をそれでも信じていると言う入宮の台詞に、それまで苦しかった胸のつかえがとれるように眦に滲んだ涙が頬を伝い落ちる。

「まだ泣くのかお前は」

「うるせぇ…、誰のせいだと…」

俺のせいだなと入宮は被せるように嘯き、再び口付けてくる。先程より優しく、舌で唇を抉じ開けられ、戸惑うように奥へと逃げた舌を絡め取られる。

「んン…ぅ…!…り…み…ゃ…」

熱を持った舌が絡み合い、ぴちゃぴちゃと唾液の混ざり合う水音が立つ。時折、歯列をなぞられ、口内を愛撫されて、知らず鼻から甘い息が漏れる。入宮に主導権を奪われたまま、与えられる心地良さに頬が紅潮していく。

「は…ンッ…ん…ぅ…」

頬に添えられていた入宮の片手はいつの間にか腰へと回されており、ぐっと入宮の身体と密着するように引き寄せられる。

「あっ…何を…!」

「さすが若いな。反応が良い」

つぅっと深い交わりを示すように繋がれた透明な糸を唇を舐めて途切れさせると、入宮は広也の頬から下ろした手で、スラックスの内股あたりに触れた。
熱を持ったそこに、入宮からのキスだけで羞恥を覚えていた広也は思わず入宮を睨み付ける。だが、入宮は構う事なく口許に弧を描くとそっと絶妙な加減でスラックスをゆるゆると撫でてきた。

「っ、ぁ…やめろっ」

その手付きに思わずふるりと身体を震わせ、入宮の手を掴み止めさせる。
ふっ…ふっと息を吐いて自身を落ち着かせようとしたが、入宮がそれを許さない。

「残念だがお前に拒否権はない。お前は俺からどう見られてるか勘違いしてるようだからな、教えてやる」

入宮は掴まれた手をそのままに、広也の足の間に自分の片足を割り入らせると膝頭でもってそこに刺激を与えてきた。何とも強引なその手段に止める間もなく、うぁっと艶を帯びた声が口から漏れる。
そのままぐりぐりと刺激を与えられ、声を抑える為に仕方なく入宮の手を放す。

「ン、ふっ…卑怯だぞ…入宮」

身を折った広也は入宮の肩口に凭れるように額を押し付け、手で塞いだ掌の下、息を乱しながら訴える。

「それこそ今更だろ。お前が追いかけて来た男は始めからこんな男だった。そうだろう?」

「…………あぁ、…そうだった。アンタは、義紀さんはそうだった」

俺が憧れた入宮 義紀と言う男は自分に正直で、欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも必ず手に入れる。我が儘な男で。それでもそれを許されるだけの実力とカリスマ性を兼ね備えた男だった。

「だったらもう分かるな広也。俺に奪われるか、自分で受け入れるか。選べ」

「……っ俺は高くつくぜ」

「それで良い。それでこそ俺の惚れたお前だ」

俺と比べて卑屈になることは何もない。
お前にはお前の価値がある。
やっと不敵な声で言い返して来た広也に入宮は満足して口端を吊り上げる。

「っ、」

その獰猛で雄々しい笑みにどくりと高鳴った鼓動が、眩しいと感じた大助の笑みを薄っぺらいものにし、心の中から掻き消していく。

「それに前払いはもう済ませてある」

「は…」

疑問を聞き返す前に自由になった入宮の手が、窮屈そうにしていたそれの前を寛げ、ずるりといきなり空気の下に引き出す。そのまま中心に絡められた指が奥底にある快感を引きずり出す様に上下に動く。

「うぁっ…、っ…んッ…ふ…っ」

よしきさんと、あまりの不意打ちに幼い頃の呼び名が口に上る。震える腕が入宮の腕を掴み、再び肩口に押し当てた口から吐息ともつかぬ声が零れる。

「名前呼びもそそるが…、後がつっかえてるからな。そろそろ一度いっとけ」

ぐちゅぐちゅと指先を濡らすその手の動きを早めると同時に入宮は熱の零れる先端を擦るように親指の腹でぐりぐりと刺激してきた。敏感な先端に爪を立てられ、裏筋を強く擦られる。

「っ……く、…ふっ……ぅう」

入宮の肩口で声を押し殺したような吐息が漏れ、その身体がひときわ大きく痙攣するように跳ねた。

「……入宮」

全ての感情と内に籠っていた熱を吐き出した広也は生徒会室内にある仮眠室のベッドの上で、まさに目が覚めた時の様な冷静さを取り戻してしまい、己に注がれる熱を帯びた視線にたじろぐ。

「なんだ、緊張してんのか?初めてじゃねぇだろ」

そう言って開かれたワイシャツの中から覗いた健康的な肌に入宮の手が触れる。
どくりと震えた鼓動に、体温が上昇する。

「こっち側は初めてに決まってんだろ」

だから手加減しろと、言っても無駄だと分かってる事を口にして自分の動揺を押し隠す。その間にも入宮の手は胸の上を滑り、小さく存在する果実を摘まんだ。

「っ、」

反射か肩を震わせた広也に入宮は喉の奥で笑うと、生意気な口を利く、その唇を己の口で塞ぐ。尚も指は悪戯に胸の果実をぐりぐりと押し潰したり、引っ掻いたりとその奥にある感覚を引き出すように繰り返される。

「んっ…は…ッ……」

ぞわぞわとするその行為から逃れるように身を捩った広也は、それが次第にじんじんとむず痒い感覚に変わるの感じて、やばいと危機感を覚える。
その変化に気付いたのか、透明な糸を引いて離れた唇が、濡れた舌が、散々苛めて赤くなった胸の果実をべろりと舐める。

「っあ……ッ…!」

思わず上がった高い声に、広也は慌てて自分の手で口を塞ぐ。ざらざらとした熱い舌が触れた箇所が気持ち良く思えて、羞恥で顔に熱が集まる。

「気持ち良くなってきたか?」

舌先で胸の果実を苛めながら、入宮の手は本命である熱の中心へと絡められる。
一度熱を放ったとは言え、若い身体はまだ足りないとばかりに硬さを取り戻していた。

「はっ…はッ…ぁ…くっ…入宮…」

ぐちゅぐちゅと水音を立てる入宮の手が零れる熱に濡れていく。広也は自分の声を抑えるのに必死で、入宮がベッド脇に置かれたサイドテーブルに手を伸ばした事に気付かない。
ランプの下に備え付けられた小さな引き出しの中からラベルの無いチューブが取り出される。
器用に片手でチューブの蓋を外した入宮は、一度攻める手を全て止めると右掌にチューブの中身を垂らして手の温度で温め始めた。

「はっ…は…、んで、その場所知ってるんだ」

僅かに与えられたインターバルで広也は入宮が手にしている見覚えのありすぎるチューブに気付いて、息を乱しながら問う。
それは広也がこの部屋で親衛隊を相手に使用しているアイテムだ。男は女のように濡れたりしない。

「さぁ…お喋りはおしまいだ」

広也と口付けられ、臀部に回された入宮の指がまだ誰も踏み入った事の無い身体の奥へと挿し込まれる。グッと狭い道に突き入れられた指に違和感で眉が寄り、ぐっぐっと押し広げられる感覚に無意識に腰が引けた。

「広也。こっちに集中しろ」

そんな意識を散らすように入宮の口付けが深くなり、角度を変えて舌が絡み合う。
鼻から甘い息が抜け、無駄に入っていた身体からも力が抜ける。

「ん…ンっ…ん…いりみや、…お前も脱げよ」

キスに夢中になりながらもゆする様に入宮の首に腕を回した広也は不満気に入宮のワイシャツの襟を引っ張る。

「んー…後でな。…そろそろか?お前のイイところは…」

「ーーっあ…!?…ひッ…ぁ…やめ…っ!」

ずくりと腰を疼かせ、走るように背筋を駆け上がった快感の波に広也は身体を震わせる。どくどくと鼓動は早く強く脈打ち、全身が痺れる様なぞくぞくとする甘い快楽が広也の身を襲う。

「や…ばいっ…、それ…ダメだ…ッ」

はぁはぁと息を弾ませながら身を捩った広也に入宮は当然ながらその指を止めることはない。むしろその辺りを重点的に刺激されて、あられもない声が広也の口から零れる。

「…やめっ、入宮…!あぁっ…ン…ふっ…」

「駄目じゃねぇだろ?気持ち良いんだろ」

チューブに入っていた人体には無害な潤滑剤を使って、ぐちゃぐちゃと己の身体が立てる音を聞かせつつ、入宮は中を広げていく。
もはや口付けに意味は無くなり、広也は初めて感じる身の内からの快楽に身悶えた。

「っ…ァ…はっ……ふぅっ…」

もう指が何本入れられてるのか分からなくなって、感覚もあやふやになってきた頃、ようやく入宮の指が抜かれ、入宮がベルトを外して前を寛げた。

「はっ、は…ぁ…もっいい加減、早くしろ」

いく寸前まで何度も刺激を与えられて、広也のものはガチガチに天を向いて止めどなく泣いている。心の準備などより、逆にそれが辛かった。
早く楽にしろと手を伸ばし催促してきた広也に、入宮は大人しくしていろという意味も込めて再度己の下に広也を組み敷くと上着もシャツも脱ぎ捨てて、広也の腰を掴んだ。

「限界なのがお前だけだと思うなよ」

言いながら押し付けられた昂りに、入宮が自分に興奮してる事実に広也の口に笑みが上る。煽られて息が乱れる。十分に指で解きほぐされた秘孔が疼くようにうねった。

「お待ちかねの時間だ」

ぐっと強く掴まれた腰に、潤滑剤によりどろどろに解された秘孔の入口に入宮の昂った灼熱の塊が押し込まれる。

「ふっ……ぁあッ…!」

押し込まれた痛みはないが、酷い圧迫感に広也は眉をしかめて腰を掴んでいた入宮の手を掴む。すると片手が外され、放りっぱなしになっていた広也の中心へと指が絡められる。

「時間かけたが、…やっぱきついな。ちょっと緩めろ」

「ンっん……は、っ、…はっ……」

それに合わせるように広也も何とか呼吸を繰り返す。ぐぐっと中に侵入してくる熱塊に内壁が収縮し、ぐねりと僅かに緩んだ隙を見逃さず熱い塊が最奥まで強引に押し込まれた。

「ぁあぁっーー…!!ばっ、…ぁ……くぅ…!」

その衝撃は凄まじく、広也ははくりと喘ぐと身を折るように身体を跳ねさせ、続けてびくびくと小刻みに腰を震わせた。

「っは、今ので軽くイッちまったか?」

強引に秘孔の奥を穿った入宮も、息を荒くさせ、頬を紅潮させて、ぐねぐねと生き物の様に熱塊に絡み付く内壁にたまんねぇなと眉をしかめる。

「は…ぅ…ン……ん、ッ、て…めぇ…」

肩で息をしながら、広也は自然と涙で濡れた目で入宮を睨み付けた。

「あぁ…悪いが、今その目は逆効果だっ」

「ひぁ…っ、ん…なに…大きくして…」

ぐんと質量を増した熱塊に広也の腰がおののくように震える。まさかと目を見開いた広也に入宮は口端を吊り上げた。

「いくぞ」

「ちょ、待て…ッ、……!!」

最奥まで穿った熱塊がずるりと引かれたかと思えば再び打ち付けられ、秘孔に塗り込められた潤滑剤がぐちゅぐちゅと湿った音を立てる。狙ったようにイイところを掠めていく侵入者に広也の口は半開きに開いたまま。

「んンっ…、あっ…はっ…ァ…ン…いっ」

宥めるように落ちてきた唇に噛み付いて広也はそれで自分の声を塞ぐ。
肌と肌のぶつかる乾いた音に、同時に蜜をたらたらと垂らし続ける中心をぐりぐりと弄られて内と外から与えられる刺激に限界が近付く。

「い、いりみや……、もっ…やば…ッ…むりっ」

「イキそうか?」

唇を離した入宮の息遣いも荒くなり、腰を打ち付ける感覚も短くなる。互いに限界が近いことを教えていた。
広也は声を出す代わりにこくこくと頷く。

「はっ……、広也。今度は見失うなよ。お前らしさを。俺の好きなお前を」

「い…りっ、ンっん…ぅ!」

ずっと引いた腰が広也の返事を喘ぎ声に変え、一際大きく強く打ち付けられる。うねる秘孔を抉るように深く身体を貫かれた。

「ふっ…ぁあッーー!!」

既に限界を訴えていた身体はがくがくと震え、内壁が己を貫いた熱い塊をぎゅっと締め付ける。
入宮の指が絡めとっていた広也のものが弾ける様に熱を散らした。

「はっ…、すげ…締め付け」

「ぁあ…、ン…ん…はっ…ぁ…」

どぷりと中に注がれた熱に浮かされた様に瞳がとろりと潤む。初めて感じる内側からの快楽に、一瞬で昇り詰め、一気に解き放たれたその気持ち良さに荒く甘い息を吐きながら瞳を細めてうっとりと浸る。

「気持ち良いだろ」

ニヤリと笑った入宮の唇が広也の額へと落ちてくる。それを事実、気持ち良かった広也は言い返せず黙って受け入れる。

「ん……なぁ、入宮。…アンタ、いつから俺のこと好きなの?」

たが黙ってその言葉を受け入れるのも癪なので、広也は代わりの言葉を選んで口にした。
しかし、入宮はさぁいつだったかと言葉を誤魔化して答えない。

「それより…まだいけそうだな」

「えっ…、あっ…!ばかっ、…俺もう…ぁ」

ぐちゅりと中に入ってたままの熱塊に中を揺すられ、声が上擦る。これがまた憎らしいことに広也の良いところを狙って動かしてくるから堪らない。

「安心しろ広也。俺の腕の中でなら、いくら己を見失っても可愛がってやる」

「っ、ぜんっぜん、安心できねぇ!」

うわっと間抜けな声を上げて今度は俯せに組み敷かれた。

この男を敵に回した時点で己の負けは決まっていたのか。なんと言っても広也自身が強く憧れた人なのだから。それも当然の結果だったのかも知れない。






その後、

「いいか、広也。お前に残された道は二つだ」

残された道?何を。俺はもう生徒会を辞めるのだ。入宮はまた何を言っているのか。
ベッドに沈んだまま、くたくたになった身体と頭で入宮の声を聞く。

俺も相当タフな方だと思っていたが、入宮はそれ以上だった。まさかこの俺が泣かされるなんて…。

「一つはこのまま生徒会を解散させるか。もう一つは俺の助言を聞き入れて生徒会長を続けるかだ」

生徒会の解散イコール、生徒会長の辞任だろう。
入宮が何を考えて生徒会在任という情けをかけたのか分からないが、此処まで来て、その選択肢は無かった。
例え、入宮との間にあった誤解が解けたのだとしても。俺はもう決めたのだ。

「…ケリは自分でつける」

生徒会は解散させる。

そう決意して七日以内に生徒会の再選挙が行われた。これは学園の運営に支障を及ばさないように学園規則で定められた最短での選挙戦であった。

そうして、現在。
生徒会室では新たに選ばれた生徒会役員が顔合わせをしていた。

「…何でだ。おかしいだろ」

どういうことだと、生徒会長席に着いた広也は背後に立つ生徒会顧問、入宮を睨み付けるように振り返った。
しかし、入宮は涼しい顔をしたまま宣う。

「再選おめでとう、眞島」

「っふざけんな!何で俺がまた生徒会長なんだ!アンタは俺を辞めさせたかったんじゃないのか!」

そもそも俺は今回落選した元生徒会副会長や書記、会計達と同じく任期途中で仕事を放り出した人間だ。そんな俺が、俺だけが、何故再選されるというのか。

「広也様。それは愚問というものです。真実、広也様の事を見ている者はきちんと貴方様の働きを見て、評価しているのです」

入宮を睨み付ける俺の背中へ、副会長席に座った生徒が凛とした声で落ち着くように声をかけてくる。またその声に追従する様に、いつの間に新設されたのか、副会長補佐という役職が掲げられた机から身を乗り出した生徒が言う。

「そうですよ!隊長の言う通り。広也様以外の人間が会長になるなんてありえません」

その二人の生徒には嫌と言うほど見覚えがあった。初見なのは生徒会会計と書記の二人だけだ。

「……本当にどういうことか、説明しやがれ入宮」

地を這うような声音にようやく入宮は口を割る気になったのか、しかたなさそうに肩を竦めた。

「俺の権限で生徒会補佐を一人増やした。選挙の結果はお前の働きが認められた結果だ」

「それがおかしいって言ってるんだ。俺は途中で仕事を放…」

「お前は何もしてねぇ。ただ数日、体調不良で仕事を滞らせたかもしれねぇがな」

「そうですよ。入宮先生の言う通り。僕達が証人です」

「うんうん。それに期限厳守の書類は入宮顧問が決済してくれてたし、広也様には何の落ち度もありません!」

最後に付け加えられた親衛隊副隊長兼副会長補佐の言葉で、あの日、生徒会室の会長机の上に積み上げられていた書類の少なさの謎が氷解した。と同時に己の親衛隊が知らぬ内に入宮と通じていることも判明した。
そう俺が理解した事を入宮も分かったのか、微かに口角を吊り上げて笑う。

「今度はがっかりさせてくれるなよ。何かあれば必ず俺の所に来い」

「っ…あぁ」

酷く冷めた視線を向けられた時から一転。鋭さはあるものの強く温かな眼差しに、入宮に見放されていなかった事に酷く安堵している自分に気付いて、広也の返事が一拍遅れる。

「それと…お前はまだ若いからな。火遊びの相手にその二人だけは認めてやる」

「は…っ」

ひっそりと、身を屈めて耳元で続けられた台詞に広也の顔に熱が集まる。

「いいな?破ったらお仕置きだ」

こうして学園の一部生徒を除いて平穏を取り戻した生徒会だったが、生徒会長である広也の悩みは増えたのだった。
主に生徒会顧問である入宮に対する愚痴と言う名ののろけや相談を副会長達が生温かい目で受け答えする姿が生徒会室で見られるようになったとか。



END.


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